2009年08月12日
ヒサコさんの演説
今日も外間ヒサコさんと街頭演説を行いました。
この地域に住んでいる多くの市民と同様に、
わたしもヒサコさんの演説を聞きながら育ちました。
ランドセルを背負っていた頃から、
あの、かすれているけれど、とても大きな声が聞こえてくると、
「あっ。ヒサコさんだ!」と手を振ったものでした。
子ども心にも、「この人は弱い人の味方なんだ」
と分かっていたんだと思います。
それから何年も経ち、
いまこうして同じ宣伝カーに乗って、
一緒に演説をするなんて、とても光栄な気持ちです。
となりに立って、ヒサコさんの演説を聞くようになって、
気づいたことがあります。
ひとつには、
あの大きなかすれ声は地声ではなくて、
演説を繰り返す中で、かすれてしまった声だということです。
何度も何度も。雨の日も、猛暑の日も。
ヒサコさんは、自分で決めた目標にとても厳しいのです。
そしてもうひとつ気づいたのは、
ヒサコさんの演説の秘密についてです。
なぜ、あんなに人の心に響くのだろうか。
それは、ヒサコさんが困っている人の声を、
そのまま伝えているからだと知りました。
今日も、ヒサコさんはあるお母さんの声を紹介していました。
『わたしは母子所帯で、二つかけもちの仕事をしているけれど、
月の収入は12万円そこらです。
子ども達が進学の話をしていても、がんばれよと言えない。この気持ちわかりますか。
親の収入で、子どもの未来まで決められてしまう。この気持ちわかりますか』
ヒサコさんはこの話を聞いて、胸がしめつけられたこと。
そして、何としても政治を変えるためにがんばる。と訴えていました。
その演説には、困っている人に寄り添う優しいまなざしと、
弱い者いじめを許さない強さがあります。
今日、とある公園の近くで訴えていたら、
ヒサコさんの演説が終わった後、滑り台でたむろしていた高校生のひとりが、
立ち上がって、拍手をしてくれました。
決して冷やかしではない、
心のこもった温かい拍手がずっと鳴っていたのでした。

ガジュマルとヒサコさん
この地域に住んでいる多くの市民と同様に、
わたしもヒサコさんの演説を聞きながら育ちました。
ランドセルを背負っていた頃から、
あの、かすれているけれど、とても大きな声が聞こえてくると、
「あっ。ヒサコさんだ!」と手を振ったものでした。
子ども心にも、「この人は弱い人の味方なんだ」
と分かっていたんだと思います。
それから何年も経ち、
いまこうして同じ宣伝カーに乗って、
一緒に演説をするなんて、とても光栄な気持ちです。
となりに立って、ヒサコさんの演説を聞くようになって、
気づいたことがあります。
ひとつには、
あの大きなかすれ声は地声ではなくて、
演説を繰り返す中で、かすれてしまった声だということです。
何度も何度も。雨の日も、猛暑の日も。
ヒサコさんは、自分で決めた目標にとても厳しいのです。
そしてもうひとつ気づいたのは、
ヒサコさんの演説の秘密についてです。
なぜ、あんなに人の心に響くのだろうか。
それは、ヒサコさんが困っている人の声を、
そのまま伝えているからだと知りました。
今日も、ヒサコさんはあるお母さんの声を紹介していました。
『わたしは母子所帯で、二つかけもちの仕事をしているけれど、
月の収入は12万円そこらです。
子ども達が進学の話をしていても、がんばれよと言えない。この気持ちわかりますか。
親の収入で、子どもの未来まで決められてしまう。この気持ちわかりますか』
ヒサコさんはこの話を聞いて、胸がしめつけられたこと。
そして、何としても政治を変えるためにがんばる。と訴えていました。
その演説には、困っている人に寄り添う優しいまなざしと、
弱い者いじめを許さない強さがあります。
今日、とある公園の近くで訴えていたら、
ヒサコさんの演説が終わった後、滑り台でたむろしていた高校生のひとりが、
立ち上がって、拍手をしてくれました。
決して冷やかしではない、
心のこもった温かい拍手がずっと鳴っていたのでした。
ガジュマルとヒサコさん
Posted by 比嘉みずき at 23:56
│外間ヒサコ